すくすくモスクワ

ロシアで子育て、やってます。

【息子のロシア語】処世術としての「Ну, ладно!」

先日息子を幼稚園に迎えに
行った帰りのこと。

幼稚園の外でクラスメイトと
そのお母さん行き合いました。
仮にその子の名前をマルクとして。

息子「マールク!
僕はこれからバスで家に帰るよ!
マルクはどうやって帰るの?」

…と、聞きたかったらしい息子。
「マールク!
Я иду домои в автобус!
Как ты иду домои?
трамваи или автобус?
Или машина?」 
IMG_1650

という感じのことを言ったのですが
息子オリジナルの文法で話していることも手伝ってか、
マルクはあまり聞いていない様子で、
マルクはマルクで息子に何か他のことを喋っている。
お互いが一方通行に会話w


どうなるかなと見ていたら、


「Ну, ладно! Пака!」

と会話を終わらせてその場を去る息子。

「Ну, ладно!(ぬ、らーどな!)」は
日々の会話の中でよく使われる言葉で、
「ま、いっか」とか「Oh well」とか
「まあとりあえず」「じゃあ」とか
そんな感じのニュアンス。

私の耳には、息子が会話を
「見切った」ように聞こえて
面白くて仕方ありませんでしたww

マルクのお母さんも声を出して
笑いながら「Пока~!/バイバイ」と
言っていたので同じように見えたのではw


でもこれ、私は、
2つの点で感動したのです。

1つめは、自分が持っている
ロシア語の知識を総動員して、
全く物怖じせず話しかける息子の姿。
「何か言いたい」「話したい」という
気持ちが大きいのだろうなぁと。
いやあ、大したものです。

2つめは、会話を自分のペースで
進めていたこと。これは、まあ、
やりすぎると良くないですがw

まだロシア語は不自由ですから、
ともすれば相手のペースで一方的に会話進む、
ということも十分に起こりうるなか、
自ら質問しにいくという姿勢に加えて
「これ以上話してても埒が明かない」と思ったのか
「(自分の質問が)通じてないから
もういいや」と思ったのか?
会話を見切って「Ну ладно!」ですよ。
いやあ、大したものです。(2回目)


休日に息子を家の下の庭で遊ばせているとき、
他のロシア人の子が来るとどちらともなく
話しかけ一緒に遊び始めるのですが、
また別のロシア人の子が来ると、
ロシア人同士で遊ぶようになってしまい
なかなか息子との「輪」にはならないんです。

言葉の壁は厚い。

見ている親としてはやっぱり、
かわいそうだな、と感じてしまう。

けれど、考えてみると大人だって
同じ言語的、文化的バックグラウンドを持った
相手との方が話しやすいですもんね。
仕方のないことでもある。

息子すごいなあと思うのは、
ロシア人の輪ができてしまって
自分が外れてしまっても、意に介さないところ。
多少の寂しさは感じているのかも
しれないけれど、泣きついてくることもない。

きっと、そこにも彼の
「Ну, ладно!」があるんじゃないかなと
今回マルクとのやりとりを見て感じました。

息子も思うところはあるでしょう。
けど、彼は一方で「Ну, ладно!」と
流すこともできるのかな、と。

それってね、大人になっても必要な
スキルの1つだとママは思う。

言葉はどんどん出てくるようになるから。
何も心配せず、そのまますくすく育つんだよー!

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